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20年です。これからに思うこと…本音です。

日本で看護婦をしていて、自分でも出産をして子育てをしながら働いてきました。
日本でも自分の空き時間を使ってお母さんの子育てサポートをボランティアで行っていました。
思うことがあり、20年前にカナダに移住しました。
自分の人生の中で大きな決断をしました。ここカナダで終生行きてゆこう、新しい自分の根っこをここに作ろう、と。

当初は違う仕事をメインでしており、夫の収入に支えられていましたが、従来の世話好きからか、MOMを立ち上げ、海外生活の中で一生懸命子育てをするお母さんを医療と育児両面で助ける活動をはじめました。きっかけは同じように子育て中の若いお母さんたちとの出会いからでした。
折しも核家族時代であり、まして海外子育ては孤独との戦い、子供への虐待やうつなども深刻化してきた時代です。
自分に何かできないか、それがスタートのきっかけでした。
当初は全くのボランティアですから、活動にかかる経費ほとんど自己負担でした。

しかし活動が人々の間に広まるに連れ、参加者が増え、要望が大きくなってきました。
NOと言えないわたしなので、あれもこれもと皆さんの希望を形にしてくればくるほど、自分の時間はなくなり、休みもなくなるようになりました。経費もかさんでゆくため、最低限の費用を設定して、自分の時間はただひたすら無償提供してきました。

何度も何度もやめようかと思いましたが、お母さんの希望の声が絶えないので必死で続けてきました。

長い年数があっというまに過ぎ、わたしも諸事情でシングルマザーとなり、子供と自分の生活プラス借財も負うこととなりました。
そのため、今までのような形でギリギリの経費で自分の利益の殆ど無い状態では活動できなくなってしまいました。その当時、もしMOMの活動を月収に例えるなら100~200ドルあればいいほうだったと思います。
当時も今も、子供立ちの献身的な支えがなかったら決してやってゆけなかった。

しかし経済的にはもうどうしてもやってゆけないので、一昨年、本当に辞めるか辞めないか、の崖っぷちに立ちました。悩みに悩みました、もちろんその間も活動は続けていましたが。
同時にその頃、わたしの母乳マッサージが日本人以外の方にも知られるようになってきました。
仕事としてやってゆけるかもしれない、というチャンスでもありましたし、でも、かなり大きな賭け、ギャンブルでもありました。

でも,生きてゆかなければならない。ここカナダで、自分でしっかりと。

そこで、MOMの活動を営利と非営利にはっきりと分類することにしました。
それでも、当初から行ってきた幾つかの活動は、実費のみ(会場費や諸経費)で続けてゆくことにしましたし、メールや電話の無料相談も同様に続けました。営利とはいえ、出産準備クラスは妊娠中から出産後1年までの24時間無料ドバイスを含め、できる限りのサポート体制を提供するよう努力してきました。

仕事(収入を得る)という部分でもやってゆけるのか不安でしたが、去年はなんとか(まだ不十分ですが)、子どもたちに支えられギリギリのりきることができました。
日本人以外の方からも、わたしのマッサージや指導を喜んでいただける方が増え、新しいやりがいも得ることができました。


でも、なんというのでしょうか。
MOMを始めた当初より、日本人の利用の方が減ってきました。料金が上がったこともあるのでしょうが、日本人の社会そのものがわたしがカナダに来た頃に比べ、すごく様変わりしてきたと思うのです。
コミュニティの結びつきが希薄になってしまって、横つながりも希薄になっていると感じるのです。
ネット社会のせいか、人がふたつの顔を持って生活しているのがあちらにもこちらにもで、疲れてきてしまいました。

MOMの活動を全く知らない人が活動に誹謗中傷したりするのも最近はおこるようになってきました。知りたいこと。疑問点があれば直接聞いてくれればいいことですが、それはせず、わざわざ公共のネット上などで無記名をいいことに書き込まれたりすると、今日まで自分の時間を全て捧げて努力してきたことが虚しくなってしまいます。 僅かなことですが、そういう中傷や嫌がらせはほとんど根拠もない上、コンタクトをきちんと取ってこないものなので、私自身は無視しています。わたしは名前も住所も知られている立場で、相手はネットの影に隠れたただの卑怯者に過ぎないからです。

それでも以前にはほとんどなかったことでした。 でも…歳のせいでしょうか。ほんとうに本当に疲れてきてしまいました。
お母さんや赤ちゃんがHAPPYになってほしい、笑顏で育児してほしい、それだけがわたしの活動の原動力でしたから、こういう無理解が体の力も奪ってしまいますし、心の支えもなくしてしまうんです。

今、わたしの体は幾つかのハンディを抱えています。職業病ですが、そのうちの一つは一生治りません。
だからいつまで、この体が動くかもわかりません。
動いてゆけるうちは動かないと暮らして行けないです。子供には、ぎりぎりまで負担を掛けたくないと願っています。

平均寿命の半分はとっくに超えました。人の命なんていつまで続くかわからない。だれにもわからない。
最後の時、生きていて良かった、自分のやってきたこと、良かった、って思って死にたい。
今の気分ではその希望が叶いません。


今年、自分の生活を考えて立て直したMOMのシステムの2年目を迎えます。
出来る限り必死で頑張ろうと思っています。


ただ、いまは正直、来年までこのまま続けてゆく自信がありません。


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良い年になりますように。

あと数時間で2015年が終わります。
この年の後半はめまぐるしいほど忙しく、体もいろいろガタが来てきついとても厳しい一年でした。
それでも、MOMの活動を仕事と、非営利の部分を明確にしたことで、それなりに形もできあがってきた
1年でもありました。

たった一人でやっている仕事ゆえ、いつまで続けられるかわかりませんが、いつの間にやら丸20年を迎えます。
活動を始めた年に生まれた娘も2016年で20歳。よくつづけてこられたな、とただただ感慨深く感じています。

不満も苦労もなかったわけではないけれど、無事一年を乗り切れたことに感謝をし、新たな年をよりいっそう
安定した生活、目標のはっきりした日々となるように努力してゆきたいと思います。

皆様、良い年をお迎えください。

子供たちにとって喜びと平和に満ちる未来が開けますように。
動物たちが虐待や絶滅、意味のない殺戮の犠牲にならないように、大きな地球の家族がひとつになって幸せになりますように。


もう一回、おとなになろう

離婚してはや3年、世間はあっという間に秋の終わり、独りになって、いろいろ抱え込んで必死になって今日まで来たけど、子供に甘えて、子供に頼ってやってきたわたし。

しんどいことが何十年も重なって、新しい扉を開いても、自分でちゃんとできてなくて、、あせったりあわてたり、困ったり泣いたり怒ったり。体もがたがた壊れてくるし、どんどん自分が弱くなって、どんどん子供に頼ってた。
でも子供はもう大人。それぞれに人生に向かって歩みだしている。

本当なら、子供の自立を喜ぶべきだし、子供を頼っちゃいけないし、子供が巣立てば、パートナーと新しい生活をまた始めるのが世間だろうけれど、独り身になって、問題抱えたままの私には、子供しか目に入っていなくて、、、、。
思うことは子供の幸せ、限りない幸せ。本当にそれだけなんだけど。
でも、描く幸福が明らかに間違っていたことに気がついてしまった。
私の描く理想の幸福、子供たちの幸せな未来の中心に自分をおいて見ていた事。これはだめ。絶対だめ。
子供の描く未来は違う。子供の望む幸せは違う。自分がそう思って生きてきたように。きっと母を悲しませたように。
子供の望む幸せの形に、自分はいない。それが当たり前。
そんな簡単な、明確の事実を考えないで、子供に頼りきっていた自分が情けない。

つらいよ、めちゃくちゃ。つらくて悲しくてさびしいよ。でも、がんばろう。

もう一回大人になろう。これからがきっと、本当の意味で、自分の人生の最後の時代。しっかりおとなになろう。



私の命より大事なこどもたち、ずっとずっとあなたたちの望む幸せが未来にあるように。
永遠に永遠に愛しています。


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夏も終わり...

暑い、暑い、今年は暑い!と喚いているうち、いつの間にかどーんと涼しくなって、見れば樹々も色を変え始めてる。
もう世間はしっかり秋になっているのだからびっくりです。
短いcanadaの夏ももうおわり。短い秋の先にはなが~い冬が待っています。

こうしてここカナダで一年を送りながら、いつのまにか来年で20週年となります。
20年、いろいろなことがありました。毎日は矢のように早く過ぎて行きました。
生まれたばかりのちびっ子も高校を卒業して、今や立派なプータロー。
かわいい長女も30代。5人も子供がいるのに、まだだれも結婚していません。
息子がGFをみつければ、ハラハラ心配してしまうし、娘がBFを見つけないのもまた心配だし。

全く親というものはどうしてこうも年がら年中心配ばっかりしているんでしょう。
私の母上も、同じようにいい年になってしまった私も今も深く深く心配してくれています。
ありがたいです。

我が子どもたちは、もうだれも「ままー」と甘えてくれません。
何も話してくれません。聞いてもろくに話してくれません。
毎日毎日うるさいくらいにまとわりついて、いっぱい話しwしてくれた時代はついこの前だったのに、いつの間にかうんと遠くなってしまいました。

うるさい、うるさい、ってあしらって、後でね、で聞き逃した、そんな貴重な子供の言葉がどれほどたくさんあったでしょう。
もっともっと時間をとって、もっともっとくっついて痛かったのに、なんであんなにもったいないことをしたんだろう。
仕事と生活に追われて、どれほど、宝石よりも美しい、どんなものよりも価値のある、子どもとの時間を失ってしまったんだろう。

100%、隠し事なく、100%愛情を示してくれたあの頃にもう一度戻れるなら戻ってみたい。
もう一度抱きしめて、頬ずりして、全身で触れ合っていたい。

思っても思っても、もう二度と戻らない人生で最も幸福だった時間。



                                 
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いつになったら…

もう50の大台の歳なので、自分の人生がいつ終わるかをよく考える。
ある程度ゆっくり最後がみえるならいいかもしれないが、いきなり終わっちゃうかもしれない。
そんな時、残った子どもたちが困らないようにしておかねば、と思うけど日々の暮らしに追われて
ゆっくり物事を考える余裕もない。
カナダでは正式な遺言が大事だから、何かしらは作ってかないといけないけど、それがなかなか…

とはいえ、家も無い私。財産なんて全然ない。死亡保険はこどもたちにふりわけておりるようにしてあるだけ。
昔の仕事の借金はしっかり残っているので、いまはその返済にていっぱい。
それは終わらせて死なないといけないと思うけれど、女手ひとつではなかなか時間がかかる。あと10年位掛かりそうだ。
その間は死ねないから困る。

望みは慎ましやかでいいから穏やかに暮らすこと。
子どもに迷惑をかけないで死ねること。

毎日必死で頑張っているつもりなのに、何かとお金に絡まる問題が私を襲う。
その大きなものが、車と引っ越し。
車は自己や故障で全損が過去3回。
車がないと生活できないので、その都度車を購入しなければならない。
今回も車をかえたが、諸問題発生でまたさがさなくてはならない。

せめて自分の家が持てればいいのだが、悲しいかな借家ぐらし。
気に入った所に長くいたいけれど、大家のプランで出るハメになること過去3回。
どうしても嫌ででたのが過去1回。そのたびに多額なお金が引越し費用でなくなってしまう。
家賃も毎年値上がりするし。

いま住んでいる借家は気に入っている。長く住みたいと思う。
しかし大家がいきなりの値上げ請求。理由は庭のフェンス修理をしたから。
BCのレントの規定では毎年2.5%の家賃上昇率は認められている。
その金額以上にRound upをしても行けないことになっている。
今回の請求額はおよそ15%アップ。
もちろん違法だ方Tenancy Actに訴えれば調停可能だけれど。
かといって、もめるのも面倒くさい。
所詮、自分の家じゃない。


今のレントの間に立っている代理人がいるのだが、彼女の提案は(彼女独自の提案)
近くの別の家を用意するから引っ越さないか、ということ。(大家は変わる)
家賃は今より少し上がるけれど、家は広くなる(が、古くなる)、レントにutilityは入っている。
そうすると、実質には家にかける諸経費は下がる。そのほうがよくないか、という提案。
この条件で2年は絶対大丈夫、というけれど。

大家はどっちも中国人、はっきり言って信用しがたい。申し訳ないけれど。

でも引っ越しにかける手間と費用は相当なもの。
前の引っ越しで腰をいためたし、いろいろ持病できついのに、またお仕事をする気力がない。
引っ越しのためのお金を用意する余裕は全くない。

どう判断するのが正しいのか全くわからなくなってしまった。


宝くじにあたったらどれだけ人生楽になるのだろう。やれやれ…。



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